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 宿泊・懇親会は57名の方が参加してくださいました。懇親会が目的ですから宴会場の横看には祝という字を入れないようホテルの方にお願いしました。本来このような催しものですと主催者はお祝いする会を結成し記念合宿と共に祝賀会という形を取ります。そうすれば誰を招待し、どこまでご案内状を出してどの程度の規模にするか、案内状の印刷は? 祝賀会と銘打ち招待客をお呼びするとなると記念品は? など等、忙しい皆さんに負担を与えてしまいかねません。印刷代、記念品代などを考えると会費も当然高くなってまいります。その上御来賓に来て頂くとなると塾生はその接待をしなければなりませんので、自分たちは十分楽しむことが出来なくなります。そんな数々の負担を掛けることなく、私が主催し気軽に内部の塾生だけに呼び掛けてこの機会をとらえて懇親を深めていただいた方がいいということの趣旨ですから祝賀会という形式をあえて取らなかったのです。
 そのようなわけですから、懇親会が始まれば長い挨拶などは出来るだけ省き最小限にして、直ぐ歓談に入っていただきたいとの思いで、私のご挨拶と、明大の2年後輩に当たる都築君に学生時代の思い出を少し話してもらい、諏訪師範に乾杯の音頭を取っていただき、すぐに始めました。始まってすぐ、多くの方が古稀おめでとうございますとお祝いのお酒を持って来てくださいました。本来お酒は飲めない私です。多くの皆さんが誤解されておられるようです…私はお酒が好きだというように…何処でそのような間違った情報が伝わったのでしょうか?? もし腐らずにそのまま置いておけるとすれば一人で飲めば一生かかっても飲みきれないほどです。
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 2時間の飲み放題。料理も出来るだけ良い物を十分に付けますからと担当者に聞いていたのですが、ほとんど席を離れて塾生の間を回っていましたからアッという間に懇親会は終了。閉会の挨拶を行いますから元の席に戻ってくださいという司会の声に促され戻りましたが、料理にはほとんど手をつけていませんでした。良い料理だったのか悪い料理だったのか全く分からないまま、二次会になりました。ほとんどの方が二次会に参加してくれたのですが、沢山の方が入れる大きな部屋がないということで残念ながら2つの部屋に分かれて行いました。私は2つの部屋を行ったり来たり。2時間の予定でしたから、一次会の開始が18:30。二次会の開始が21:00ですから23時には終わったと思うのですが、今思い出そうとしても時間の感覚は全くありません。覚えていないのです。というより帰ることもありませんので時間を気にすることもなかったのです。その後、三次会として私の部屋に場所を移し何人かの方と談笑です。私は限界に達し3時半頃には休んだと思うのですが、まだ何人かの方が起きて懇談を続けておりました。
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 翌朝は、朝食前に外で武器技の稽古です。道場長から塾長は出られる時には出てくださいと前々から言われていましたので、おそらく出られないということを察していたのでしょう。外での稽古は道場長と指導員にお任せしました。
 本来は塾生の皆さんに「楽しんで懇親を深めていただきたい」との思いで行った企画でしたが、結果的に私が一番楽しんだのかも知れません。
 また遠くから駆け付けてくださいました5名の方には本当に感謝申し上げます。
 後日、皆さん合宿は楽しかったと言ってくれました。毎年行って下さいという塾生もいましたし、前回の一般の部の合宿は10年前だったというのを聞いて10年は待てないので、2~3年に1度は行ってくださいという塾生もいました。
 10年は私の方が持たないかも知れません。80歳ですから。生涯現役と思っていますが、果たして何歳まで稽古が出来ることやら?
 とにかく、命の続く限り本塾の基本五大方針を大切に塾生の皆様と稽古を続けてまいりたいと思っております。何といっても塾生の皆さんが一番大切です。共に道を歩んで下さる同志です。塾生の皆さん今後ともよろしくお願いいたします。
 取りあえず大きな節目の行事が終了し一段落。明日からまた一緒に楽しい稽古を続けましょう。
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◆古稀合宿の写真はこちら

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by shinbu_369 | 2015-08-10 23:23
b0212413_1117146.jpg 古稀とは、70歳のことで、唐の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)「酒債は尋常行く処に有り、人生七十古来稀なり…酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。しかし70年生きる人は古くから稀(まれ)である」に由来します。

 ところで、年齢の数え方ですが、戦前までは「数え年」が普通でした。数え年とは、生まれた時点で1歳とし、以降元日を迎えるごとにそれぞれ1歳を加える数え方です。(例えば12月31日に生まれた人は、その時点で1歳、次の日(元日)には2歳となるわけです。
 1月1日に生まれた人が2歳になるのは翌年の元日ですから、12月31日生まれの人は満年齢と数え年齢の差は2歳、1月1日生まれの人の差は1歳ということになります。
 (九星占い、易、四柱推命などは立春が起点となりますし、ところによっては冬至が起点となる所もありますが、それを説明していると煩雑になりますし紙面がいくらあっても足りませんので割愛します)
 満年齢の数え方に慣れきっている現代の人には数え年の数え方が不思議で仕方がないと思いますが、本来は序数としての扱いには0がありません。1から始まります。
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 分かりやすい例を取れば、元号の数え方も0年はありません。平成0年は無く、平成元年(平成1年)から始まります。従って明治0年も、大正0年も昭和0年もないわけです。西暦でさえ0年はなく1年から始まります。では、平成元年は何時から始まったかといえば、昭和天皇が崩御されたのが昭和64年1月7日でしたから、それまでは昭和64年、そして翌日(1月8日)は平成元年となりました。平成2年は翌年の1月8日ではなく、1月1日です。そのように元日がくるたびに年号の数を加えていきます。これは何の疑問もなく数えていることです。ですから個人の年齢も戦前は同じように数える数え年が普通だったのは当たり前のことです。現在でも仏事の時には数えの数え方が一般的です(亡くなった時が0年ではおかしいので、亡くなった年を1年として数えますので、法事などは自然と数え年の数え方になっています)。
 私は易経、気学、四柱推命などをかじった者として立春の起点を取りますので、生まれが1月ですから満年齢は68歳なのですが、数え年ですと70歳となります。
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 前置きが長くなってしまいましたが、日本人の昔の数え方を大切にし、塾生にも理解して欲しいと思い、数え年での「古稀合宿」を企画致しました。その後、はたと気付いたのが学生時代から合気道を始めて50年になるということでした。
 そこで、表題のように「塾長古稀・道歴50年記念合宿」としたわけです。私のお祝いをするというよりは、この機会をとらえて、塾生間で懇親を深めていただければいいということで外部にはお知らせせずに内部だけで行うことにいたしました。
 「子供の部合宿」は毎年、年2回行っておりましたが(震災以降は年1回)、一般の部の合宿は平成18年6月に行った私の還暦記念合宿以来のことです。塾生のことを考えるとあまり遠くない方がいいですし、何といっても稽古場所を確保しなければなりません。還暦合宿は仙台南道場で稽古して秋保温泉で宿泊致しました。今回は泉武道館を借りて秋保温泉か、作並温泉が最初に浮かびましたが、土曜日の泉武道館は7ヶ月後まで既に予約が入っており取れませんでした。大和町の武道館なども種々調べましたが、最終的に普段土曜日に使用させていただいている大河原武道館で稽古して、遠刈田温泉で宿泊するということになりました。場所が決まると今度は日程を決めなければなりません。公の行事は動かせませんので、他の行事なども考慮しあちこち行事を移動したりしながら年間の行事日程を決めていくのですが、一番いいのが7月11日~12日でした。大河原武道館の柔道場はすでに予約を入れておりますので、隣の剣道場も一緒に借りることにしました。次にホテルを探さなければなりません。パンフレットなどではかなり安いプランを打ち出しておりますが、すべて平日の料金です。いざ土曜日に宿泊するとなるとかなり高くなります。b0212413_1117545.jpg ホテルも決まり、ようやく年間行事の中に組み込みホッとしたのですが、2ヶ月後に母校明大合気道部OB会総会の案内が届き日程が重なっていることに気付きました。明大合気道部OB会総会は毎年7月の第二土曜日に開催されており、私もよほどのことがない限り毎年出席しておりましたが、今回記念合宿の日程を決めることにとらわれてOB会総会のことが頭からすっかり抜けておりました。案内状が届いて「しまった」と思いましたが、もう日程変更はできません。強引に変更は可能ですが、日程変更をすることにより多くの方に迷惑を掛けてしまいます。
 また、内部の塾生だけで実施するつもりでおりましたが、5月末の五十嵐道場合宿、6月13日裾野合気会25周年記念行事、6月20日諏訪雅俊師範七段昇段祝賀会と立て続けにお会いした、合気道諏訪道場長・諏訪雅俊先生、尾張合気会木田塾道場道場長代理・池田信城先生、尾張合気会春日井知多道場・帖地洋先生、前橋市民合気会・木部克規(明大合気道部の後輩にあたります)・純子夫妻の5名が飛び入りで参加してくださいました。
 当日、利府道場の子供の部は11時~12時と時間変更をして、竜次道場長が指導、大河原教室の子供の部も13時~14時と時間変更をし、私が指導いたしました。
本塾の基本方針として、「子供の部行事」のために「一般部の稽古」を「一般部の行事」のために「子供の部の稽古」を犠牲にしないということにしておりますので、時間変更で対応させていただいたわけです。
2~3日前から梅雨空のはっきりしない天気が続いておりましたが前日は快晴となり、11日当日は宮城県地方では今夏始めて30度を超え、梅雨明けを思わせるよい天気となりました。参加者で可能な方には早めに来て頂き、子供の部の稽古をしている途中、柔道場の隣の剣道場に畳を敷きつめていただきました。全館敷きつめるとかなり広く素晴らしい道場となりました。b0212413_11183028.jpg
 14時15分から1時間竜次道場長の指導です。投げ技中心の稽古でしたから参加者の皆さんは汗だく、大変です。この1時間はとてつもなく長く感じた人もいたのではないかと思われます。ようやく解放されホッと一息ついた後、皆さんで記念撮影です。その後、しばしの休憩を取りました。
 15時30分から1時間は私の指導となります。道場長が投げ技を中心に行いましたから私も体術を指導すると、それこそ夜の懇親会には疲れてしまって十分に飲めない人が出て来ると思い、武器技にしました。剣と杖を半分ずつ。これで体力が少しは回復した人もいたと思います。ほんとうは武器技といえども、真剣に行えば体術以上に疲れます。
 私どもの利府道場・仙台南道場の塾生は稽古量が豊富なので、何度か行ったことのある武器技も公の武道館をお借りしている教室は週1回の稽古のため、悪戦苦闘している塾生も見受けられました。体術、剣術、杖術と合気道は奥が深く何年稽古してもこれで十分ということがありません。いやむしろ長くやればやるほど戸惑うことの方が多いのかもしれません。ですから、何年何十年稽古しても飽きることなく稽古を続けることが出来るのです。合気道だけでなく道を追求するということは死ぬまでその道を歩み続ける以外にはないということなのでしょう。
 汗だくで悪戦苦闘していても、1時間はアッという間に過ぎ去ります。
 大河原武道館での稽古を終え、全員で畳を元の所に返し後片付けをして宮城蔵王の遠刈田温泉にそれぞれの車で向いました。稽古は70名くらいいたでしょうか?
・・・(2)につづく
◆古稀合宿の写真はこちら
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by shinbu_369 | 2015-08-07 11:25