第53回全日本合気道演武大会…平成27年5月

b0212413_14351377.jpg 毎年5月の第4土曜日に開催される「全日本合気道演武大会」も回を重ねて本年は第53回です。
 本塾からは総勢15名が参加させていただきました。昨年と同じく阿部宗玄君が本部での稽古のため21日の木曜日に夜行バスで上京、竜次道場長は21日の指導があるため翌22日上京やはり本部で稽古を行いました。私は同じ上京するならと出身の大学に声をかけ、21日夜の学生の稽古に顔を出しました。私たちの時には、部活のお休みは週1回、日曜日だけでした。と言っても半分は何らかの行事に駆り出され実質のお休みは月に2回も取れればいい方でしたが、現在の学生の稽古は週5回、お休みは木曜日と日曜日の2回もあるのだそうです。最近の学生は勉学はもちろんアルバイトなど色々なことに忙しく仕方がないのかも知れません。私の学生時代は稽古はもちろんのことですが、その他には麻雀をするかお酒を飲むかでしたから、今の学生さんの生活とは全くかけ離れているのですから、軽々しく「今時の学生は」などと批判できるはずもありませんし、批判する気もありません。全日本合気道演武大会の前日は全日本合気道連盟の理事会が開かれるため、貴重な学生のお休みの日に「指導に行くがどう?」とやんわりと声掛けをし、集まれる学生だけに集まってもらって指導をしてきました。一昨年の佐々木主将が福岡から全日本に合わせて上京してきておりましたので、稽古に参加してくれました。稽古の後はもちろん学生を集めて一献という懇親会です。私の同期の荒井清君(合氣道れいめい会会長・合気道七段)に声をかけ来てもらいました。
b0212413_15015945.jpg 私の学生時代と違って今は20歳未満はお酒を飲めません。「良いことなのか?悪いことなのか?」誕生日がきて満20歳になればOK、誕生日の1日前はダメ。規制というものはそういうものなのですが、その1日の違いは何なのでしょう。私たちの時代は世の中が総じて貧しかったのですが、全体にゆとり、心にみんなゆとりがあったように思います。「学生さんのすることだからまあいいんじゃない」と世間の方が許してくれました。外に出る時には何時の場合でも「制服制帽・靴は黒」と決められておりました。そして、通勤通学電車の中でも先輩に合えばまず大きな声で挨拶をしなければなりません。前と後ろのドア―でも大きな声を出しますから、乗客は一瞬一斉に振り向きますが、後はそのまま何事もなかったようになります。また、夜の遅い時間にコンパなどの帰り、興が乗ると先輩が後輩に歌を歌えと強制します。しかも電車の中で。後輩は仕方なく「何々大学何々部1年部員何の誰それ、1曲歌わせていただきます」と大きな声で自己紹介をして歌いだします。それで1度も乗客から苦情を言われたり、怒られたこともありません。中には手拍子をして一緒に楽しんで下さる方もいました。今、そんなことをしたらどうでしょう。学生のくせにと乗務員さんに通報され、電車を下ろされるか、はたまた迷惑条例か何かで逮捕となるかも知れません。
……話が横道にそれてしまいました。……

 明大前の居酒屋での飲み会ですが、20歳以下の学生はウーロン茶か何かのノンアルコールです。20歳以上になった者はやっとお付き合いできるようになりましたと嬉しそうです。いつだったか? やはり学生の指導の後午前3時まで飲み、ホテルに行く時に「チェックインと同時にチェックアウトですね」と言われながらお披楽喜にしたことがありましたので、その反省を踏まえて午前0時頃に解散いたしました。翌日は全日本合気道連盟の理事会と評議員会、そして夕方から情報交換会です。情報交換会といえば聞こえは大変いいのですが、懇親会…いわば飲み会…です。明日の演武を控え20時頃にはお披楽喜となったのですが、私は本部の師範と理事の3人で二次会に付き合いましたが、それでも22時過ぎには解散いたしました。
b0212413_14354987.jpg 翌23日、各自日本武道館に集合です。昨年は10時15分集合としましたが、すでに長蛇の列。今年は早めに行って、着いた者から並ぶことにしました。以前は早く行った者が荷物を置いて後から来る人のために席を確保しましたが、最近は入場者が増えたため席取りは禁止になっております。早く行ったお陰で今年は2階席の一番前の席が確保出来ました。定刻通り、正午に開会式が始まりました。全員起立の上、国歌斉唱、開会の辞、主催者挨拶、来賓祝辞と約30分間のセレモニーがあり、第一部の「学生連盟演武」で演武の始まりです。100名以上もの学生が一斉に5面全部を使って、白い道衣に黒い袴姿で演武をしているわけです。まして、事前に何色の畳で演武をしているかも聞いていないので、何処に誰がいるかは容易には分からないと思われますが、自分の後輩は分かるものです。事前に聞けばもちろんすぐ分かるですが、あえて聞かないことにしています。多くの中から後輩の姿を見つけるのがまた楽しいのです。中井主将と中村副将が3年生の麻野君、安永君の受けで演武を行っていました。プログラム通りスムーズな進行で演武は進んでいきます。第一部42番(連盟演武の部)では全5面を使用して東北合気道連盟が演武を行いました。宮城県は真ん中の白畳みで、私どもの塾生(竜次道場長をはじめ、門馬、阿部、鈴木家4名、村上、石川、萱場、池田、佐川姉弟、五百川)は14名出場しました。
b0212413_1436865.jpg 第一部は53番の植芝充央本部道場長の演武で締めくくられました。小休憩の後、第二部の開始です。私の出番は38番…最後から6番目です…今年は真ん中の白畳みをいただきました。受けは竜次道場長、阿部宗玄君、佐川晴美参段、佐川航一弐段です。
 道場長、阿部君は長年私の受けを取ってくれておりますが、佐川姉弟は初めてです。航一君は学生らしく元気いっぱいきびきびとした受けを取ってくれました。晴美さんは私の塾で高校生の女性として初めて初段を取得しました。過去何名か初段を取得した男子高校生はいましたが、女子高校生では第一号です。彼女の後に続いてくれそうな子供たちはいっぱいいるのですが、高校生ですから進学のことなどもあるのでしょう。大変残念なことではありますが、あと一歩のところで届かず高校を卒業していきます。そして、彼女は大学生になっても、院生になっても熱心に稽古を続け、子供の部の指導員として私たちの補佐をしたり、私、道場長が一緒に出張して塾を留守にする時などは子供の部の指導を安心して任せて出かけることが出来るほど成長しています。熱心に稽古を続けたので今年3月に晴れて参段を取得しました。私も塾の生え抜きでの女性参段は2人目です。昇段祝いに全日本での演武大会に私の受けに使うからということで今回の出場になったわけです。それからは恥ずかしくない受けを取らなくてはと、道場長から特訓を受けての今回です。演武大会のプログラムが決まって送られてきた時、最後から6番目でしかも中央の白畳みと聞かされ、さらなるプレッシャーが彼女にはのしかかったようです。ずいぶん心配をして臨みましたが、良い受けを取ってくれました。今後の彼女の合気道人生の良き思い出の1ページとなったら幸いです。
b0212413_14363346.jpg 演武大会の最後を飾る大取りは96番目(一部53番、二部43番)に植芝守央合気道道主の総合演武でした。今年は7800名が出場演武をしたとの発表がありました。観客を入れると軽く1万人は超えているでしょう。「現在日本武道館に1万人を集められる武道は合気道しかない」と日本武道館の方は言っておられます。試合がなく、とかく武道界から馬鹿にされがちだった合気道。開祖から受け継がれた植芝吉祥丸二代道主、現植芝守央三代道主の並々ならぬご努力と、各地で稽古を続けている道友の日頃の成果が今見事に花開いているのだと感じられます。が、喜んでばかりはおられません。合気道は子供と学生とシニア世代の武道だと揶揄されたりもします。一所懸命に稽古した学生が社会に出て合気道を続ける人が非常に少なく、経験のない若者は武道には見向きもしません。そういうわけで何といっても若者世代が少ないのです。日本人の働き方の社会構造のせいもあるのでしょう。しかし、それだけで片付けていれば何時までも若者の間に合気道は広まりません。如何に若者に合気道の魅力を伝え日本の伝統文化である合気道に興味を持ってもらい、稽古をしてもらえるかも現在抱える大きな課題ではないかと思っています。
b0212413_1436426.jpg 自虐史観に満ち満ちた現在の日本、それゆえに自国の文化、自国の民族に誇りを持てない若者が増えていると言われております。合気道に興味を持ってもらい、日本の伝統文化を学んでもらいたいと思います。それによって、本来の日本人の心を取り戻し、日本人として如何に生きればよいかを考えるきっかけにしてもらえればいいなと何時も思っています。
 本年も無事演武大会を終えることが出来ました。私は塾の皆さんと武道館で別れ「明大合気道部の新入生歓迎コンパ」に出席するため母校の明大に歩いて向かいました。

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by shinbu_369 | 2015-06-05 14:41