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平成23年9月10日(土)~11日(日)私の合気道の師匠である小林保雄先生にお出でいただき「一般の部」の講習会を開催させていただきました。
私の合気道人生の歩みの第一歩は「明治大学合気道部」であります。
当時小林先生は明大の合気道部を創設し、本部道場の指導員をしながら明大合気道部の監督を務めておられました。私がいわゆる初歩から合気道を教えていただいた方です。
仕事の関係で仙台に移り住み、昭和62年に泉市合気道協会を創設、泉市武道館で「泉武道館合気道場」を立ち上げ趣味として合気道の指導を始めました。
そして、平成12年現在の「合氣道神武錬成塾」を発足させプロとしての道を歩み始めました。泉、ダイエーカルチャー、荒巻、富谷、名取、原町、亘理、角田と次々と教室を開設し、平成14年5月それらの教室の本部としての機能を持つ専門道場・利府道場を開設いたしました。詳しいことは何れ書くとして、私が小林先生の弟子でなければ、また明大合気道部の出身でなければおそらく合気道家としてのプロの道を歩むこともなかったでしょうし、自分で専門道場を建設することもなかったことだと今でも思っています。
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プロの道を志したからには懸命に師匠の背中を追っかける日々でした。平成16年4月には二つ目の専門道場である仙台南道場も開設することが出来、息子も本格的に後を継いでもいいということで、短期間ではありますが小林道場の内弟子にしていただき、小林先生の教えを受けました。いわゆる二代に亘って合気道の指導いただいている大恩人でもあります。私の合気道家としての歩みは順風満帆といっていいほどで、立ち上げから10年ほどで直轄として専門道場2ヶ所、武道館などをお借りしての教室が8ヶ所、カルチャーセンター2ヶ所、傘下の専門道場1ヶ所、教室2ヶ所、シドニーに一ヶ所と直轄だけで約500名の塾生を擁し、傘下を含めると600名以上の方々が稽古を続けてくださるという恵まれた状態でした。
師匠の小林保雄先生が提唱されている「一人でも多くの人に合気道を!」を第一のスローガンに、現在は「合気道を通して世の中に貢献を!」「合気道を通して日本の伝統文化を!」「合気道を通して日本人の心をとりもどそう!」を4本柱に活動を続けておりました。
そこにあの、3,11大震災が起こりました。
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沿岸部近くにあった名取教室、亘理教室の塾生の被害はやはり深刻でした。幸いにも本人が亡くなったという知らせは受けていませんが、お母さんが、自宅が流された。また、実家が流された、お祖父ちゃんがお祖母ちゃんがという被害者は多く耳にしましたし、届けも受けました。もっともひどいのは南相馬市にある「原町教室」です。担当の高橋先生に連絡を取っていただいたのですが、子供の部は全員退塾、一般の部の方もほとんど南相馬市には住んでいません。原発の収束がどうなるかわかりませんので、再開がいつになるか全く検討がつかない状態です。また、本部・利府道場もかなりひどいダメージを受けましたし、自宅も家の中はめちゃめちゃでした。直轄塾生500名のうち6ヶ月経過して復帰してくれたのがようやく300名です。
例年2月末頃に来年度の予定を立てます。何故かというと、合気会本部、東北連盟、県支部、小林道場など関係のところが予定を組んでぜひ参加しなければならない行事日には私どもの行事を組めないから優先する所が決まってから私どもの行事を組んでいくものですから、どうしても2月末頃になるのです。
23年度も多くの予定が決まっていましたが、前半の行事はほとんどが中止となってしまいました。(審査と子供の部夏合宿だけは行いましたが……)
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そして、「本部・利府道場開設10年記念秋季講習会」が小林先生をお迎えして盛大に開催されました。久しぶりに塾生の笑顔がはじけた瞬間かも知れません。2日間に亘って楽しい講習会を受け明日からの活力の源になりました。
震災前に比べ6割減の塾生になりましたが、私もまた明日から小林先生の提唱される「一人でも多くの人に合気道を!」の第一のスローガンの下また、元気に頑張りたいと思っています。
講習会については、小林先生が合気道小林道場のホームページ「道場長ブログ」に書いてくださっていますのでそちらをご覧下さい。
◆小林先生のブログはこちらb0212413_16552526.jpg→2011年10月02日をご覧ください。
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# by shinbu_369 | 2011-10-05 16:57
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二日目の朝…6時15分起床、6時30分玄関前に集合です。
時間になると、指導員が班長に向かって部屋番号を読み上げます。班長は「全員います」と答え、朝のトレーニングが始まります。これは班毎のトレーニングではなく、学年に分かれます。私は毎年一番下の幼稚園、1年生のクラスを受け持ちますので、ジョギング程度、疲れたら歩きますが、高学年になるに従ってハードになりますので、この朝のトレーニングはとても良いのではないかと思っています。
その後、全員で打ち込みを行い7時30分頃に終了します。
そして、朝食です。バイキング方式ですから子どもたちにも好評です。夕食はホテルから出されたものを食べるのですから、好き嫌いがあったり、全部食べられない子もいます。
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ほんとは好き嫌いなく出されたものは全部いただくのがいいのですが、最近は食物アレルギーの子もいますし、なんといっても食が細い子が多いのに驚かされます。
食事が終わる頃全員の食卓を廻って見るようにしているのですが、やはり野菜を残す子どもは多いようです。そんな子には野菜を残さず食べるように指導するのですが、一部の子どもは遊びながら食べていてほとんど何も食べていないのではないかというような子どももいます。食事の指導は普段からの家庭のしつけがやはり一番大切だと痛切に感じるのもこの時間です。
朝食を終え、部屋の片付けと共に若干の自由時間があります。そして前日に配られた合気道Tシャツに全員が着替え9時にロビー前に集合。ホテル樹林の伊藤部長の案内で山登りに出かけます。
ロープウエイ乗り場まで歩き、50人以上乗りのゴンドラに二手に別れ頂上に行きます。頂上から見る下界は大変美しいのですが、今年は霧がかかっていて全く見る事は出来ませんでした。その代わり、大国様を祀っている広場で「山形大黒舞」を見ることが出来ました。
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伊藤部長の案内で、昨年までとは違ったコースを歩いていきました。いつもより少し距離が遠かったようです。途中ドッコ沼で中学生がみんなのために運んできたジュースを配ります。ジュースを飲みながら休憩。沼に笹舟を浮かべたり石切りをしたりする子どももいます。そこで全員で写真撮影です。それまで霧がかかり、沼全体を見渡せなかったのに、一瞬にして霧が晴れたのにはびっくりしました。
山の天候は変わりやすいといいますが、このような状況で一瞬にしてガスがかかり前が見えなくなって怪我をしたり、がけから落ちたりするのだなあと思いました。
私たちのは登山といっても大人から見ると散歩コースのようなものですが、本当の山だと少しの油断が遭難につながるのだというのが実感でした。
ドッコ沼でジュースを飲みながら休憩の後、全員で記念撮影。そして少し歩いて今度は4人乗りのスカイケーブルで下ります。
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このときは、班ではなくて思い思いの4人で乗ります。これも子ども達の楽しみの一つのようです。
85名が4人ずつに分かれて乗るのですから、20台以上。最初の1台から最後まではかなりの時間差が出てきます。着いた者からホテルに帰って自由時間。全員そろった頃にちょうどお昼となります。昼食はほとんどの子ども達が大好きなカレーライスです。
その後、正しい帯の結び方、道衣の着方などを学んで、出発までは自由時間。外でキャッチボールする子、走り回る子、室内でトランプをする子など等…
この合宿で親しくなった子どもたち同士の交流の場です。1時間半ほどの自由時間を過ごした後はいよいよ合宿も終わりに近づき全員集まって、塾長の挨拶。その時に来年のTシャツの色の希望を尋ねたところ、予想に反して黒の希望が多かったのには少し驚きました。
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また合宿が楽しかった子は手を上げてと聞いたところ、全員が楽しかったと手を上げ春合宿もまた行きたいといってくれました。
合宿から帰ると「感想文」の宿題があります。私どもは合宿の後必ず全員に感想文を提出してもらうのですが、次回の稽古までにそれぞれの教室にて提出するよう指導員からの説明を受け、そして今年は参加者を代表して中学生の佐藤匠真君に感想を話してもらいました。とってもすばらしい感想で最初にこのような合宿に参加出来、企画してくれた指導員、快く送り出してくれた両親など多くの方に感謝したいと言うようなことを語ってくれました。
私どもの「子供の部」で稽古前の黙想の後必ず唱和する、「合気道を学ぶ心構え」の第一番目に出てくるフレーズ「合気道を通して感謝の心を学びます」が浸透しているのかなと大変嬉しく頼もしく思った瞬間でもありました。
そして玄関前から、昨日乗ってきたマイクロバスに分かれて乗車。ホテルの従業員さんに見送りを受けながらホテルを後にしてそれぞれの方面に出発いたしました。
短くて長い、充実した一泊二日の合宿を終えることが出来ました。
なんといっても一番喜ばしいことは、事故もなく無事終了することが出来たことです。
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そして、参加した塾生は一回りも二回りも成長して帰路についたと確信をし、多くの皆さまのお陰で本年の夏合宿も無事終了することが出来たことに感謝しながら私もマイクロバスに乗り込みました。
合宿の締めくくりは私も、指導員も子ども達の感想文をじっくり読むことです。
そして直接書かれていることだけでなく、行間からにじみ出る子ども達の生の声を真摯に受け止め、次回からの合宿の参考にさせていただくことです。
次回の「神武錬成塾合氣道新聞・秋号」に何人かの子ども達の感想文を掲載いたしますので楽しみにお待ち下さい。
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# by shinbu_369 | 2011-08-25 12:48
b0212413_1444073.jpgホテルに着き、毎年夏合宿にあわせて作るオリジナルTシャツを配ります。そして、班・班長の発表があれば後は班長の出番です。
最初に班長会議を開き、塾長の挨拶と細かい事項の打ち合わせ。そこで班長は特に注意しなければいけない子どもたちがいる場合は指導員から説明を受けることになります。
班長会議が終わり、班長は自分のメンバーを把握することと次の予定を伝えることが最初の仕事になります。
また、班の子供たち(特に小さい子)は班長の顔と名前を覚えることからのスタートです。
若干の自由時間があり、夕食そして塾長講話と続きます。
毎年この「塾長講話」は年代の幅広い子どもたちに出来るだけわかりやすく「感謝」「規律」「助け合い」などのテーマで話します。今回はどうしても震災について触れないわけにはまいりません。難しいと思いながらも「命、生まれ変わり、輪廻転生、この世に修行にきていること」などを話しました。そして、これからの日本をよくするのも悪くするのも今ここにいる皆にかかっている。政治家にもなれるし、学者にも、教育者にも、ここにいる一人一人がよく考えてよりよい日本にしたいと思って生きていくことにより、10年後には今よりももっともっと住みよい日本になる可能性があることを話しました。
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その後は、花火を配る前に指導員、指導助手によるパフォーマンスがあります。子供たちが楽しみにしているものの一つでもあります。そして一人一人が花火を一袋もらい外に出ます。打ち上げ花火は危ないので指導員が行います。
80人以上の人たちが一斉に花火をするのですからあたり一面煙だらけとなります。今年は若干ガスっていましたが、雨が降ることもなく楽しい花火を終え、二度目の班長会議。
班毎に入浴をするための時間の打ち合わせがあります。
その後消灯までは自由時間。子ども達が一番楽しみにしている時間でもあります。
そして消灯。それからが大変です。多くの子どもたちは興奮しているのでなかなか寝ようとしません。班長は自分の班の子どもたちが何とか寝てくれないかと思うし、指導員は消灯後何度か各部屋を見回ります。
本当は班長自身がなかなか寝付けないこともあるのですが……
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どうしても寝られない人は、塾長の部屋に来てもいいですよと言いましたので、班長の何人かは塾長のいる部屋に実際にきました。
塾長は年配の指導員と共にビールを呑みながらお話しをしています。その傍らで上級生は話しをしたり、ゲームに興じたりしながら好きに過ごしていました。
ちなみに合宿は携帯ゲームの持ち込みは禁止しています。ですから個人でゲームをするのではなく、トランプなどで何人かと遊びます。こんなところでも遊びを通じて友人関係が作られれば良いなと思うからです。
若手の指導員はお酒を飲む人は少ないようです。特に門馬先生、竜次道場長はほとんどお酒が飲めません。
そして、合宿の申込書に、保護者からの要望の欄を設けておりますが、その要望に従って、夜中に起こしてトイレに連れて行ったり、薬を飲ませたりと人知れずの気苦労もあります。
ですから、毎年竜次道場長は夜はほとんど寝ていません。
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また、私を含め指導員は男性ですが、合宿には女の子も少なからず参加します。女性の視点で見ることは出来ませんし、細かい点にはなかなか気づくことも難しいものです。
その点今回も二人の娘さんと一緒に参加して下さった保護者でもあり、自身も泉教室で稽古をしている千葉さん。この千葉さんにはいつもお母さん役として、私たち男性に足りない所を補っていただき大変助かっています。
今回も女の子の部屋を回り声をかけてくださり、子どもたちを安心させたり実際に千葉さんの部屋で寝た子もいたようです。
そういう意味では、私がいくら力んでもたいしたことは出来ません。年配の指導員、若手の指導員、保護者、そして大学、高校の指導助手、班長など全員のお陰で毎年すばらしい合宿が出来ているのだと思わずにはいられません。
ほんとにありがたい限りです。
消灯22時。しかし……
なかなか寝付けなかった子どもたちも0時、1時となってくるとほとんどが眠りにつきます。いつもはそのまま起床時間まで眠る子がほとんどですが、何人かは、興奮しているのでしょう。起床時間前に目覚めてしまい、そのままおしゃべりをしていて同部屋の子どもたちにうるさかったと言われている子どももいます。
が、今年はほぼ全員熟睡していた午前4時少し前、3・11の余震なのでしょう。震度5弱の揺れがありました。それもかなり長い揺れを感じました。その揺れで目覚めた子どもたち、全く知らずに寝ていた子どもたちと色々です。
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私もたびたび余震に見舞われるものですから、震度5くらいでは驚かなくなってしまいました。また、山形の山の中ですから津波の心配をすることもないので、程なく収まった揺れに避難することもなく、子どもたちを起こすこともなくもう一度眠りについたのですが、日本列島は地震の活動期に入っているので、どこでどのような大きな地震が起こっても不思議ではないといわれています。このような行事を行うときには、いつもどう行動すればよいか常に考えていなければいけないと思いを新にいたしました。
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# by shinbu_369 | 2011-08-15 14:08
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本塾は「子供の部」の合宿を長年にわたって「春・夏」と年2回実施してまいりました。
本年の春合宿は3月26日~27日と実施する予定で準備を進めていた最中の震災。
残念ながら中止を余儀なくされてしまいました。
毎年春夏と連続参加している子どもたちは春合宿が中止になったため、特に今回の合宿を楽しみにしてくれておりました。
指導員10名、保護者・一般参加6名を含み、総勢85名での合宿となりました。
利府道場、仙台南道場、泉武道館、大河原武道館の4ヶ所からマイクロバスで山形に向かいました。
今年は「山形県総合運動公園」の武道館をお借りいたしました。
12時から会議室をお借りしてお弁当をいただき、13時から2時間の稽古をいたしました。
昨年は3時間の稽古をいたしましたが、あまりの暑さに多くの子ども達がダウン、見学ということになりましたので、今回は2時間といたしました。
6月下旬から7月中旬にかけて昨夏と同じように連日30度を越える暑さが続きましたが、台風を境に一転梅雨期に入ったかを思わせる天候。
決して涼しくはありませんでしたが、昨夏のようなことはなく誰一人脱落者もなく、充実した稽古が出来ました。
しかし合宿ということを考えれば、昨夏ほどの暑さでなければ、もう少し時間は長くてもいいと思いました。
公の武道館をお借りするためには、何ヶ月か前に申し込みをしなければならず、天候によってその場で時間を調節出来ませんので、暑いから短めに、涼しいから長めにということが出来ないのが残念です。
稽古を終えて蔵王温泉の「ホテル樹林」さんで宿泊いたしました。
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毎年、春は宮城蔵王と決めており、夏はどこかに遠征するということで毎年場所を変えていましたが、道場探しと定員の壁がありますので、場所探しは容易ではありません。定員を考えなければなりませんので(バス、宿泊所とも)先着順に受け付けます。そのため、毎年何人か断ることがありました。
その点、樹林さんは何名でもOKですし、人数に応じてマイクロバスを出して下さるので安心して募集することが出来ます。ここ4年ほど同じホテル樹林さんでお世話になっております。
ホテルに着いてすぐ、班と班長の発表。グループに分け班長が責任を持って班をまとめる方式をとっています。従って、合宿中は何度も班長会議を行います。それにより上の子が下の子の面倒を見、下の子は上の子をお手本にするという縦の関係を学ぶことが出来ます。
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最近の特徴として、以前はほとんど小学生ばかりでしたが、小さい子供さんも随分少なくなり、中学生になっても合宿に参加してくれる子どもたちも増えました。今年は中学生が17名(男14、女3)参加いたしました。
したがって、以前は6年生が班長でしたが、最近は中学生の班長もかなり増えました。
高校生(3人)、大学生(2人)になっても参加してくれる子どもたちもいますが、その子たちは「指導助手」として積極的に指導員のお手伝いをしてくれています。
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# by shinbu_369 | 2011-08-06 11:34
本年度も2月末に例年と同じように4月から毎月たくさんの予定を組みました。
そして22年度の行事は、3月に行われる「一般部の昇級昇段審査」、「親睦会役員会」、「神武錬成塾指導者会議」、「子供の部春合宿」を残すのみになっていました。
そこにあの思いもよらぬ3・11大震災。
被災地にいた全ての人は時間の長短はあっても一時、時間が止まっていたのではないでしょうか?
内陸に住んでいる私には地震→津波という頭は全くありませんでした。
全てのライフラインは止まりましたが、あれほどの惨事になっているとは思いもよりませんでした。家の中では、本棚、額などの割れたガラスの破片が危ないので草履を履いたまま、最初に台所と寝る所だけを確保し、ローソクの灯りをたよりに大げさに言えば震えながら一晩を過ごしました。(地震直後から雪が降り出し大変寒い日になりました)
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翌朝の新聞・河北新報が1枚だけ届き、地震そして津波の報道が大きく取り上げられていましたが、あのような大惨事にはまだまだ気づいていなかったというのが真相です。
電気が復旧するまで、全員家の中でも(もちろん畳の上も)草履かスリッパを履いて動いていました。
道路はアチコチ亀裂が入り、信号機が止まっているので車を走らすには非常に神経を使います。
たまたま、家には食料が何日分かありましたのでしばらく買い物には行きませんでしたが、後で知り合いに聞いた話しですが、スーパーに買い物に行けば長蛇の列。5~6時間も並んだあげく、一人一袋400円分(パンとお菓子が数個)だけ買うことが出来たそうです。
4~5日たって電気だけ復旧し、少しは人も動き始めました。大通りの信号機は回復していますが、まだ脇道は信号機が止まったままの所も多く、何よりもガソリンがありません。
私のところの団地は夜ガソリンスタンドから片側駐車で何キロにも亘って何百台も並んでおりました。後で数えておけばよかったと思いました。それが何日も続きましたが、果たして全部の車にガソリンがいきわたったのかどうか?
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その後のことは、様々なメディアや報道が語っていますが、私のところの塾も17教室すべて休会となり、3月27日にようやく3教室だけ開くことが出来ました。
また、3月から現在まで計画していたほとんどの行事を中止といたしました。
その後少しずつ教室を再開することが出来、7月7日現在代替教室を含め13教室[1ヶ所は閉店(カルチャー教室)し、亘理教室、名取教室、原町教室の3ヶ所だけが未だに休会中]が通常の稽古に戻りました。
震災前の塾生は約500名いましたが、大変残念ではありますが現在様々な理由で約4割の塾生が休会中であり、実際に稽古に来ている塾生は300名となってしまいました。
そのうちの何割の方が復帰してくれるのでしょうか?
理由が理由だけにもう復帰は難しいかもしれません。
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私の師匠、小林保雄先生が提唱される「一人でも多くの人に合気道を!」の実践を再び一から実践していかななればければならないと心に誓っています。
そして、そろそろ行事も通常に戻す時期にきているのかとも思っています。
今月は、「2回の知的障害者合気道教室」、「昇級昇段審査」、「子供の部・夏合宿」も計画しております。そして、可能な限り通常の状態に戻していくつもりでおります。
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# by shinbu_369 | 2011-07-06 16:41