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7月中旬、青森県合気道連盟の米谷恵司理事長から毎年秋に青森県合気道連盟で演武大会と講習会を行っており、今年は岩手の中村勝吉先生に講師として来ていただくことになっていましたが、あのような(3,11大震災の時に行方不明になったまま未だに分かっておりません)ことになってしまいましたので、代わりと言っては失礼なのですが来て頂けないでしょうか? とお電話をいただきました。
中村先生には大変お世話になり合気道の先輩として随分かわいがっていただきました。その先生の代わりが務まるはずもありませんが、日程を見ますとちょうど空いていました。10月は芋煮会、小林道場合宿、知的障害者合気道教室、山徳道場道場開きと土日の日程は5週あるうちの4週は全て決まっていて変更は不可能でしたが、なんと打診された日は偶然唯一空いている残りの土日でした。(空いているといっても通常稽古は毎日ありますので、出かける時には必ず誰かに指導をお願いして行かなければなりません)
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力不足を感じながらもその申し出をお受けいたしました。
後日ご案内をいただきましたところ、「第23回青森県合気道演武大会招待者演武並びに講習会講師の依頼」とあります。常々同じ東北合気道連盟の仲間として親しくお付き合いをさせていただいている仲なのに随分丁重なお手紙をいただいたものだと恐縮しながら当日青森に向かいました。新幹線が新青森駅まで開通となりましたので乗り換えることがなくほんとに便利になりました。指定の電車で新青森駅に着きましたところ、米谷先生と以前私が仙台の赤門針灸専門学校合気道部で6年間、その後泉教室などで指導した(現在は五所川原市のエルム文化センターで指導している)成田環君が出迎えて下さいました。米谷先生とは東北連盟の講習会、演武会、全日本合気道演武大会、本部鏡開きなどでよくお会いしますが、成田君とは久しぶりに会いました。相変わらず幸せ太り(仙台ではもちろん独身でしたが、田舎に帰って結婚し子どもさんも生まれています)なのかちょっぴり太め。…これは本人には内緒です…
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新青森駅からまっすぐ今回の会場である青森市スポーツ会館に直行。しばらく休憩した後、演武大会の始まりです。一般10道場・3大学合気道部の皆さんが、それぞれの課題に従って演武を繰り広げていきました。昼食をはさんで11時から14時15分まで行われました。私も招待演武ということで成田君と2人をお借りし、3人を受けに演武させていただきました。演武というのは簡単なようでいつ行っても満足のいく演武は行えません。演武が終わった後いつも納得できな自分がいます。満足のいく演武が出来ないということはつまりは実力が無いということなのですが…
演武が終わり、一服の後講習会です。今回は普段あまり稽古したことが無いという杖の捌きと両手取りの投げ技を中心に講習させていただきました。普段稽古していないので皆さんかなり苦戦しておりました。合気道というものはほんとうに奥が深く難しいものです。約2時間の講習会を無事に済ませました。演武大会のときに気づいたのですが、どこかで見たことがある外国人の若者がいました。話を聞いてみるとハンガリーから一年間留学で弘前大学に勉強に来ているとのことでした。ここ何年間かハンガリーの神武館道場・ラスロ道場長の招聘で2月に寒稽古に行っていますが、その道場の講習会に参加していた若者だったのです。世の中は狭いといいますが、青森で私が教えたハンガリー人に会えるとは……

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演武大会、講習会全ての行事が終わり、ホテルでシャワーを浴びた後皆さんとの懇親会に望みました。県内各地の道場の指導員が集まって下さいました。そのお店は津軽三味線を聞かせてくださいました。独特のリズムのあの津軽三味線。何ともウキウキと心弾みます。ほんとは深い深い悲しみを秘めているのでしょうが、音痴な私には心地よい調べにしか聞こえません。鍋をつつき談笑し一人一人自己紹介を兼ねて講習会の感想を聞かせていただいたりして、2時間はあっという間に過ぎてしまいました。
二次会までもお付き合いし、ホテルに帰ったのは午前0時少し前だったでしょうか?
シャワーも浴びずにバタンキュー。
次の朝は、「9時ホテルに迎え」の予定でしたが、一時間ほど遅らせていただき、シャワーを浴びゆっくりいたしました。
米谷先生と成田君が迎えに来てくださり、ねぶたの家ワ・ラッセ、青森県観光物産館アスパムなどを案内してくださいました。ワ・ラッセではパノラマで青森県の四季を紹介していましたが、ほんとによい県です。これだけ自然の豊かな青森県が不況にあえいでいる、何とか打開策は無いものなのでしょうか? 深く考えさせられたことでした。
そういえば懇親会、二次会に案内していただいて歩いた通りが青森で一番の繁華街と紹介されましたが、ほんとに寂しい限りでした。
夏のねぶたの期間はそれはそれは賑やかだそうですが……
過去何年間かで賞を取ったねぶたを展示していましたが、一度は本場のねぶたを見に来たいものだと思いながら、お昼におそばをいただき、米谷先生、成田君に送られて新青森駅を後にいたしました。
今回中村先生の代役はとても務められませんでしたが、多くの方に喜んでいただきぜひ仙台の私の道場に稽古に来たいとお世辞にでも言ってくださった方がいたことで、少しでもお役に立てたのかなと安堵し、米谷先生、成田君が最後まで付き合って歓待してくださったことに感謝しながら帰路につきました。ありがとうございました。
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# by shinbu_369 | 2011-10-26 15:40
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 本年も10月3日(日)恒例の「芋煮会」が秋保リゾート森林スポーツ公園にて盛大に開催されました。
 私どもの塾は「親睦会」を組織し全塾生に会員になっていただいております。
 この芋煮会は親睦会の主催行事として、「一般の部・子供の部の塾生」そして保護者も一緒になって参加できる、正月の「鏡開き・餅つき」と並ぶ二大行事の一つです。
 幸いにも天候に恵まれ、暑くもなく寒くもなくかんかん照りでもなく程よい日差しがある絶好の芋煮会日和でした。
 ここ何年間かの参加者は150名~170名ですが、本年も166名(一般塾生33名、子供塾生59名、保護者59名、塾生の兄弟12名、幼児3名)の方が参加してくださり、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。
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 「芋煮会とは、日本の主に東北地方で行われる季節行事で、秋に河川敷などの野外にグループで集まり、サトイモを使った鍋料理などを作って食べる行事である」とウィキペディアの最初に書かれていますが、細山親睦会長からいただいた資料によると、芋煮会の由来は諸説あるが、発祥の地は山形県東村山郡中山町とされている。それは江戸時代の元禄時代の頃までさかのぼる。当時、山形県の特産品である「紅花」などを京都へ運ぶため、北前船の舟運が盛んだった。最上川を行き来していた船頭たちは、上りの船で運んできた物資の積み下ろしや、下り船に積み込む物資を買い付けるため、当地に何日も滞在した。この時、船頭たちが一時の休息をかねて作っていたのが「棒鱈鍋」。地元で採れた里芋と、自ら運んできた棒鱈などの干魚を一緒に煮た鍋料理である。…大正の頃まで、北前船でにぎわった元船着場の脇に「鍋掛松」と呼ばれる老松があったそうだ。
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 この場所は、船頭たちが休憩場所として使ったと言われている。船頭たちは、松の枝に鍋をつるし、棒鱈鍋を作って食べていたのだろう。これが屋外で芋煮を作って食べる芋煮会の原点とされている。…大まかに芋煮の傾向を分けると、内陸部の芋煮はあっさり系の醤油味。庄内地方は味噌味、米沢などは、ブランド牛の産地とあって贅沢に牛肉を使ってうまみを出している。各地で味付けに違いがあるのも、芋煮がご当地料理として親しまれている証拠だろう…そして、関東、関西の方は、芋煮会と聞いてもピンとこないかもしれない。しかし、山形では家庭料理としても親しまれ、宴会など大勢の人が集まる席では欠かせない料理である。長い冬を前に、皆で河原に集まって芋煮を作る。更に最上川で採れた新鮮な鮎を塩焼きにして添えれば、酒飲みには言うことなしのご馳走。自然の中での里芋をほおばると、その味も一段と美味しく感じるのだ。…
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 私が仙台に来て教わったのは、芋煮は山形風と宮城風の2種あり山形は「牛肉に醤油」宮城は「豚肉に味噌」ということでありましたが、単に山形、宮城に分けるのではなく、山形でも様々な味付けがあるようです。
何事も物事を突き詰めていくと深い深いものがあります。この芋煮なども薀蓄(うんちく)はまだまだ続きます。……
 で、現実に立ち返り、10時30分に私と親睦会長の挨拶でいよいよスタート、山形コースと宮城コースを大鍋で3鍋づつ6鍋、よくしたものでこのような時には、必ず鍋奉行がいて色々差配していただけるので素人は大変助かります。皆さん手際よく芋煮を作ってくださいます。毎年お手伝いしてくれる人は、煙にまかれないようにゴーグルを持参したりと準備万端です。私は何も出来ませんので…、同じように出来ない人…は早速ビールをいただいて談笑。1時間ほどで芋煮が出来上がり早速山形コースを入れて運んでくださった。今年の山形味はとても美味しかったです。味付けがいつもの年に比べ抜群であったように思います。そして、宮城も当然いただきました。おにぎりを一人一個、12時になってから約20キロの肉を焼いて皆さんに配り始めています。それぞれ漬物を持参したり、枝豆を茹でてきたり、談笑しながら芋煮を焼肉をビールをお酒を160名以上の人たちが、アチコチで大きなテント2ヶ所に分かれてグループでいただいています。
 あの悲惨な状況が嘘のような光景です。
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 本年は、3,11大震災、そして先日の台風による被害と暗いことの多い年でした。参加された方の中には自宅が全壊して、仮設住宅に入っている方などもおられました。
 それでもご家族で参加し、一時でも安らぎ、楽しさを味わっていただけたのなら幸いです。
 例年のように14時に集合写真を撮り、片付けをし、ご家族で来られている方は三々五々帰られ、バスの人は15時に芋煮会場を後にし、仙台駅へと向かい解散いたしました。
 お手伝いいただいた塾生の方、参加された全員の方々に感謝申し上げます。

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 「辛いこと、苦しいこと」などは、日々の合気道の稽古、またこのような親睦会などの活動を通して少しでも和らげられることができましたら何よりです。
 考えてみれば、本部機能としての利府道場が開設されてから、親睦会を発足。そして様々な行事が行われるようになり、今回はちょうど第10回の芋煮会でした。今のかたちのような親睦会にしてよかったとつくづく思っています。今後とも「合氣道神武錬成塾」を、そして「親睦会」をよろしくお願いいたします。育てていくのは塾生でありますし、保護者の方々のご協力なくしてはあり得ないことです。

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# by shinbu_369 | 2011-10-16 22:53
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平成23年9月10日(土)~11日(日)私の合気道の師匠である小林保雄先生にお出でいただき「一般の部」の講習会を開催させていただきました。
私の合気道人生の歩みの第一歩は「明治大学合気道部」であります。
当時小林先生は明大の合気道部を創設し、本部道場の指導員をしながら明大合気道部の監督を務めておられました。私がいわゆる初歩から合気道を教えていただいた方です。
仕事の関係で仙台に移り住み、昭和62年に泉市合気道協会を創設、泉市武道館で「泉武道館合気道場」を立ち上げ趣味として合気道の指導を始めました。
そして、平成12年現在の「合氣道神武錬成塾」を発足させプロとしての道を歩み始めました。泉、ダイエーカルチャー、荒巻、富谷、名取、原町、亘理、角田と次々と教室を開設し、平成14年5月それらの教室の本部としての機能を持つ専門道場・利府道場を開設いたしました。詳しいことは何れ書くとして、私が小林先生の弟子でなければ、また明大合気道部の出身でなければおそらく合気道家としてのプロの道を歩むこともなかったでしょうし、自分で専門道場を建設することもなかったことだと今でも思っています。
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プロの道を志したからには懸命に師匠の背中を追っかける日々でした。平成16年4月には二つ目の専門道場である仙台南道場も開設することが出来、息子も本格的に後を継いでもいいということで、短期間ではありますが小林道場の内弟子にしていただき、小林先生の教えを受けました。いわゆる二代に亘って合気道の指導いただいている大恩人でもあります。私の合気道家としての歩みは順風満帆といっていいほどで、立ち上げから10年ほどで直轄として専門道場2ヶ所、武道館などをお借りしての教室が8ヶ所、カルチャーセンター2ヶ所、傘下の専門道場1ヶ所、教室2ヶ所、シドニーに一ヶ所と直轄だけで約500名の塾生を擁し、傘下を含めると600名以上の方々が稽古を続けてくださるという恵まれた状態でした。
師匠の小林保雄先生が提唱されている「一人でも多くの人に合気道を!」を第一のスローガンに、現在は「合気道を通して世の中に貢献を!」「合気道を通して日本の伝統文化を!」「合気道を通して日本人の心をとりもどそう!」を4本柱に活動を続けておりました。
そこにあの、3,11大震災が起こりました。
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沿岸部近くにあった名取教室、亘理教室の塾生の被害はやはり深刻でした。幸いにも本人が亡くなったという知らせは受けていませんが、お母さんが、自宅が流された。また、実家が流された、お祖父ちゃんがお祖母ちゃんがという被害者は多く耳にしましたし、届けも受けました。もっともひどいのは南相馬市にある「原町教室」です。担当の高橋先生に連絡を取っていただいたのですが、子供の部は全員退塾、一般の部の方もほとんど南相馬市には住んでいません。原発の収束がどうなるかわかりませんので、再開がいつになるか全く検討がつかない状態です。また、本部・利府道場もかなりひどいダメージを受けましたし、自宅も家の中はめちゃめちゃでした。直轄塾生500名のうち6ヶ月経過して復帰してくれたのがようやく300名です。
例年2月末頃に来年度の予定を立てます。何故かというと、合気会本部、東北連盟、県支部、小林道場など関係のところが予定を組んでぜひ参加しなければならない行事日には私どもの行事を組めないから優先する所が決まってから私どもの行事を組んでいくものですから、どうしても2月末頃になるのです。
23年度も多くの予定が決まっていましたが、前半の行事はほとんどが中止となってしまいました。(審査と子供の部夏合宿だけは行いましたが……)
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そして、「本部・利府道場開設10年記念秋季講習会」が小林先生をお迎えして盛大に開催されました。久しぶりに塾生の笑顔がはじけた瞬間かも知れません。2日間に亘って楽しい講習会を受け明日からの活力の源になりました。
震災前に比べ6割減の塾生になりましたが、私もまた明日から小林先生の提唱される「一人でも多くの人に合気道を!」の第一のスローガンの下また、元気に頑張りたいと思っています。
講習会については、小林先生が合気道小林道場のホームページ「道場長ブログ」に書いてくださっていますのでそちらをご覧下さい。
◆小林先生のブログはこちらb0212413_16552526.jpg→2011年10月02日をご覧ください。
# by shinbu_369 | 2011-10-05 16:57
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二日目の朝…6時15分起床、6時30分玄関前に集合です。
時間になると、指導員が班長に向かって部屋番号を読み上げます。班長は「全員います」と答え、朝のトレーニングが始まります。これは班毎のトレーニングではなく、学年に分かれます。私は毎年一番下の幼稚園、1年生のクラスを受け持ちますので、ジョギング程度、疲れたら歩きますが、高学年になるに従ってハードになりますので、この朝のトレーニングはとても良いのではないかと思っています。
その後、全員で打ち込みを行い7時30分頃に終了します。
そして、朝食です。バイキング方式ですから子どもたちにも好評です。夕食はホテルから出されたものを食べるのですから、好き嫌いがあったり、全部食べられない子もいます。
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ほんとは好き嫌いなく出されたものは全部いただくのがいいのですが、最近は食物アレルギーの子もいますし、なんといっても食が細い子が多いのに驚かされます。
食事が終わる頃全員の食卓を廻って見るようにしているのですが、やはり野菜を残す子どもは多いようです。そんな子には野菜を残さず食べるように指導するのですが、一部の子どもは遊びながら食べていてほとんど何も食べていないのではないかというような子どももいます。食事の指導は普段からの家庭のしつけがやはり一番大切だと痛切に感じるのもこの時間です。
朝食を終え、部屋の片付けと共に若干の自由時間があります。そして前日に配られた合気道Tシャツに全員が着替え9時にロビー前に集合。ホテル樹林の伊藤部長の案内で山登りに出かけます。
ロープウエイ乗り場まで歩き、50人以上乗りのゴンドラに二手に別れ頂上に行きます。頂上から見る下界は大変美しいのですが、今年は霧がかかっていて全く見る事は出来ませんでした。その代わり、大国様を祀っている広場で「山形大黒舞」を見ることが出来ました。
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伊藤部長の案内で、昨年までとは違ったコースを歩いていきました。いつもより少し距離が遠かったようです。途中ドッコ沼で中学生がみんなのために運んできたジュースを配ります。ジュースを飲みながら休憩。沼に笹舟を浮かべたり石切りをしたりする子どももいます。そこで全員で写真撮影です。それまで霧がかかり、沼全体を見渡せなかったのに、一瞬にして霧が晴れたのにはびっくりしました。
山の天候は変わりやすいといいますが、このような状況で一瞬にしてガスがかかり前が見えなくなって怪我をしたり、がけから落ちたりするのだなあと思いました。
私たちのは登山といっても大人から見ると散歩コースのようなものですが、本当の山だと少しの油断が遭難につながるのだというのが実感でした。
ドッコ沼でジュースを飲みながら休憩の後、全員で記念撮影。そして少し歩いて今度は4人乗りのスカイケーブルで下ります。
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このときは、班ではなくて思い思いの4人で乗ります。これも子ども達の楽しみの一つのようです。
85名が4人ずつに分かれて乗るのですから、20台以上。最初の1台から最後まではかなりの時間差が出てきます。着いた者からホテルに帰って自由時間。全員そろった頃にちょうどお昼となります。昼食はほとんどの子ども達が大好きなカレーライスです。
その後、正しい帯の結び方、道衣の着方などを学んで、出発までは自由時間。外でキャッチボールする子、走り回る子、室内でトランプをする子など等…
この合宿で親しくなった子どもたち同士の交流の場です。1時間半ほどの自由時間を過ごした後はいよいよ合宿も終わりに近づき全員集まって、塾長の挨拶。その時に来年のTシャツの色の希望を尋ねたところ、予想に反して黒の希望が多かったのには少し驚きました。
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また合宿が楽しかった子は手を上げてと聞いたところ、全員が楽しかったと手を上げ春合宿もまた行きたいといってくれました。
合宿から帰ると「感想文」の宿題があります。私どもは合宿の後必ず全員に感想文を提出してもらうのですが、次回の稽古までにそれぞれの教室にて提出するよう指導員からの説明を受け、そして今年は参加者を代表して中学生の佐藤匠真君に感想を話してもらいました。とってもすばらしい感想で最初にこのような合宿に参加出来、企画してくれた指導員、快く送り出してくれた両親など多くの方に感謝したいと言うようなことを語ってくれました。
私どもの「子供の部」で稽古前の黙想の後必ず唱和する、「合気道を学ぶ心構え」の第一番目に出てくるフレーズ「合気道を通して感謝の心を学びます」が浸透しているのかなと大変嬉しく頼もしく思った瞬間でもありました。
そして玄関前から、昨日乗ってきたマイクロバスに分かれて乗車。ホテルの従業員さんに見送りを受けながらホテルを後にしてそれぞれの方面に出発いたしました。
短くて長い、充実した一泊二日の合宿を終えることが出来ました。
なんといっても一番喜ばしいことは、事故もなく無事終了することが出来たことです。
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そして、参加した塾生は一回りも二回りも成長して帰路についたと確信をし、多くの皆さまのお陰で本年の夏合宿も無事終了することが出来たことに感謝しながら私もマイクロバスに乗り込みました。
合宿の締めくくりは私も、指導員も子ども達の感想文をじっくり読むことです。
そして直接書かれていることだけでなく、行間からにじみ出る子ども達の生の声を真摯に受け止め、次回からの合宿の参考にさせていただくことです。
次回の「神武錬成塾合氣道新聞・秋号」に何人かの子ども達の感想文を掲載いたしますので楽しみにお待ち下さい。
# by shinbu_369 | 2011-08-25 12:48
b0212413_1444073.jpgホテルに着き、毎年夏合宿にあわせて作るオリジナルTシャツを配ります。そして、班・班長の発表があれば後は班長の出番です。
最初に班長会議を開き、塾長の挨拶と細かい事項の打ち合わせ。そこで班長は特に注意しなければいけない子どもたちがいる場合は指導員から説明を受けることになります。
班長会議が終わり、班長は自分のメンバーを把握することと次の予定を伝えることが最初の仕事になります。
また、班の子供たち(特に小さい子)は班長の顔と名前を覚えることからのスタートです。
若干の自由時間があり、夕食そして塾長講話と続きます。
毎年この「塾長講話」は年代の幅広い子どもたちに出来るだけわかりやすく「感謝」「規律」「助け合い」などのテーマで話します。今回はどうしても震災について触れないわけにはまいりません。難しいと思いながらも「命、生まれ変わり、輪廻転生、この世に修行にきていること」などを話しました。そして、これからの日本をよくするのも悪くするのも今ここにいる皆にかかっている。政治家にもなれるし、学者にも、教育者にも、ここにいる一人一人がよく考えてよりよい日本にしたいと思って生きていくことにより、10年後には今よりももっともっと住みよい日本になる可能性があることを話しました。
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その後は、花火を配る前に指導員、指導助手によるパフォーマンスがあります。子供たちが楽しみにしているものの一つでもあります。そして一人一人が花火を一袋もらい外に出ます。打ち上げ花火は危ないので指導員が行います。
80人以上の人たちが一斉に花火をするのですからあたり一面煙だらけとなります。今年は若干ガスっていましたが、雨が降ることもなく楽しい花火を終え、二度目の班長会議。
班毎に入浴をするための時間の打ち合わせがあります。
その後消灯までは自由時間。子ども達が一番楽しみにしている時間でもあります。
そして消灯。それからが大変です。多くの子どもたちは興奮しているのでなかなか寝ようとしません。班長は自分の班の子どもたちが何とか寝てくれないかと思うし、指導員は消灯後何度か各部屋を見回ります。
本当は班長自身がなかなか寝付けないこともあるのですが……
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どうしても寝られない人は、塾長の部屋に来てもいいですよと言いましたので、班長の何人かは塾長のいる部屋に実際にきました。
塾長は年配の指導員と共にビールを呑みながらお話しをしています。その傍らで上級生は話しをしたり、ゲームに興じたりしながら好きに過ごしていました。
ちなみに合宿は携帯ゲームの持ち込みは禁止しています。ですから個人でゲームをするのではなく、トランプなどで何人かと遊びます。こんなところでも遊びを通じて友人関係が作られれば良いなと思うからです。
若手の指導員はお酒を飲む人は少ないようです。特に門馬先生、竜次道場長はほとんどお酒が飲めません。
そして、合宿の申込書に、保護者からの要望の欄を設けておりますが、その要望に従って、夜中に起こしてトイレに連れて行ったり、薬を飲ませたりと人知れずの気苦労もあります。
ですから、毎年竜次道場長は夜はほとんど寝ていません。
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また、私を含め指導員は男性ですが、合宿には女の子も少なからず参加します。女性の視点で見ることは出来ませんし、細かい点にはなかなか気づくことも難しいものです。
その点今回も二人の娘さんと一緒に参加して下さった保護者でもあり、自身も泉教室で稽古をしている千葉さん。この千葉さんにはいつもお母さん役として、私たち男性に足りない所を補っていただき大変助かっています。
今回も女の子の部屋を回り声をかけてくださり、子どもたちを安心させたり実際に千葉さんの部屋で寝た子もいたようです。
そういう意味では、私がいくら力んでもたいしたことは出来ません。年配の指導員、若手の指導員、保護者、そして大学、高校の指導助手、班長など全員のお陰で毎年すばらしい合宿が出来ているのだと思わずにはいられません。
ほんとにありがたい限りです。
消灯22時。しかし……
なかなか寝付けなかった子どもたちも0時、1時となってくるとほとんどが眠りにつきます。いつもはそのまま起床時間まで眠る子がほとんどですが、何人かは、興奮しているのでしょう。起床時間前に目覚めてしまい、そのままおしゃべりをしていて同部屋の子どもたちにうるさかったと言われている子どももいます。
が、今年はほぼ全員熟睡していた午前4時少し前、3・11の余震なのでしょう。震度5弱の揺れがありました。それもかなり長い揺れを感じました。その揺れで目覚めた子どもたち、全く知らずに寝ていた子どもたちと色々です。
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私もたびたび余震に見舞われるものですから、震度5くらいでは驚かなくなってしまいました。また、山形の山の中ですから津波の心配をすることもないので、程なく収まった揺れに避難することもなく、子どもたちを起こすこともなくもう一度眠りについたのですが、日本列島は地震の活動期に入っているので、どこでどのような大きな地震が起こっても不思議ではないといわれています。このような行事を行うときには、いつもどう行動すればよいか常に考えていなければいけないと思いを新にいたしました。
# by shinbu_369 | 2011-08-15 14:08